■「代理戦争」の中、イドリブ県を取り巻く状況とは

堀) シリアでは依然として混迷が続いていますが、なかなか現地の状況が詳しく伝わってきていません。シリアで内戦が激しくなってからもうどれくらいの月日が経つかご存知ですか? 8年前に始まった民主化運動をきっかけに、内戦がだんだんと激しくなっていきました。東グータでの武力攻撃が激しさを増した今年2月には、日本の複数のNGOからなる「シリア和平ネットワーク」から「シリアへの武力攻撃を直ちにやめてください」という声明が出されました(参照)。今年9月には、シリア北西部のイドリブ県において軍事的緊張が高まっていることに対し、さらなる声明が出されました(参照)。イドリブ県への政府軍による攻撃は「非人道的な攻撃になる」と、攻撃を阻止するべく国連も含め各国のNGOなども声を上げていますね。イドリブ県に注目が集まったのはどういう理由だったのでしょうか? ナジーブ) 多くの人が思っていたのは、「最後に残るのはシリア南部かもしれない」と。なぜかと言うと、ヨルダンの近くで、ヨルダンからの支援があるから。今シリアは「代理戦争」と言ってもいいですよね。それぞれの地域で国外の影響力がある。南部はヨルダン、北部はトルコ、そして中央政権の権力を支えているのはロシア。シリア政権・イラン・ロシアという同盟が支配しているのが、首都ダマスカスとその周りと、海岸部の地中海地方。イドリブ県はトルコに近い。シリアの北にトルコがあり、シリアの北の国境は全てトルコとの国境です。シリア東部はクルド民族が多い。クルド民族はトルコと対立しているから非常に複雑です。西の地中海に近づくと、民族で言うとアラブ民族、宗派で言うとスンニ派の人たちがいます。そこはトルコとの対立がないので、トルコの影響力が非常に大きい地域です。大きな軍事力で反政府を支援してきたのはトルコです。トルコと接しているシリア北西部のイドリブ県は、トルコが離したくない地域になっています。 堀) そのイドリブ県は、民主化を求め反政府活動をしている皆さんが結集してきている地域で、そこがいわゆる「現政権の最後の攻撃拠点になってくる」と言われていました。現状として、実際に攻撃は行われることになっているのでしょうか? ナジーブ) この話は、2つに分けたいんですね。まず堀さんが言ってるような、民主化活動家が結集している所については、誰も言っていないんですよ。民主化活動家の話はもう忘れられているんです。今言われているのはシリア各地の武装勢力の兵士が集まっているところのこと。兵士も民主化活動家も、他の所から逃げてイドリブ県に集まっている。だけどそこで、とても重要な市民の話が消えて、武装勢力同士の話になってしまっている。それが非常に危険です。要するに、普通のシリア人が話の中でいなくなっているんですね。 堀) 武器を持った人達以外の運動、人々の営みがあるということですね。

■「私たちの悩み、声を世界に届けなきゃいけない」 続くイドリブ県での民主化運動

堀) 今日は写真や映像をナジーブさんが紹介してくださるのですが、まずはこの映像を皆さんにご覧いただきましょう。 https://twitter.com/Tamer_Turkmane/status/1040728480164528132 ナジーブ) これはシリア人の女性活動家です。今、民主化活動が行われているのですが、シリア政権がイドリブ県を攻撃するという話が広がっていた時に、「私たちは絶対に諦めない。私たちは絶対シリアの大統領を受け入れない。絶対に抵抗する。最後まで抵抗する」と訴えていました。見ていただきたいのは、女性がこのデモをリードしているということです。これがシリアの市民社会の力です。市民が政権崩壊を求めている。国際メディアでみると、特に日本では反体制の地域ではこういうことが全然ないようになっている。 堀) そうですね。激しい戦闘と、政府軍による制圧と、ロシアによる空爆と、という印象しかなかなか伝わってこないですね。 ナジーブ) そうですね。堀さんがよく行っているメディアワークショップがありますよね。実は同じような活動を、イドリブ県の市民社会が今やっているんですよね。 堀) 写真を見ていただきましょうか。これはどういう写真ですか? [caption id="attachment_3539" align="aligncenter" width="1599"] 撮影:Idlid Coordination Council(エルカシュ・ナジーブさん提供)[/caption] ナジーブ) これは、イドリブ県の「女性市民活動センター」が、市民ジャーナリストのトレーニングするためのワークショップを行っているところです。 堀) どんなことを教えているんですか? ナジーブ) SNSから撮影まで、どうやってメッセージを送ればいいかなど。今あまりにもシリア市民が絶望的になっている。世界で誰も自分たちの声を聞いてくれないんですね。いつも、「空爆されてかわいそうなシリア人」と言われる。でも彼らは「かわいそう」ではなくて、良い国を作るために立ち上がったわけです。もちろん大変なことはありますが、ジャーナリストとして、医者として、みんな頑張っているんですね。皆それぞれ自分の場所から声明も出しているし、発信したい。世界が聞いてくれないということに、すごく絶望感がある。他の写真を見ると、例えばデモの中で、(プラカードに)下手な英語、下手な日本語で、「私たちはここにいるよ。兵士だけじゃなく、私たち普通の市民がいるよ。私たちはまだ民主主義、自由を求めている」と書いている。 堀) 子どもたちが柔道着を着て、英語や日本語でメッセージを書いているものもありますね。 [caption id="attachment_3546" align="aligncenter" width="960"] 撮影:Idlid Coordination Council(エルカシュ・ナジーブさん提供)[/caption] ナジーブ) 日本語で「柔道の子供を救って下さい」という意味で書いていますね。 堀) これは日本に対しての呼びかけですか? ナジーブ) 先ほどのワークショップで「私たちの悩み、声を世界に届けなきゃいけない」と言っているから、デモをやるときに、いろんな人が自分の知っている言葉を使ってメッセージを書いています。例えば、フランス語ができる人はフランス語で書いたり、海外の友達に頼んで Skypeで「あなたの言葉で書いてください」と言って送ってもらったり。そういうプラカードを持ってデモに行く。私は、子どもに政治的なものやらせるのはどうかなと思います。子どもの扱いにはもしかしたら問題があるかもしれないですが、あまりにも絶望感があって、いろんな手段を使って、できるだけ市民が世界に自分の存在、自分の声を届けたいということです。要するに、今日本人に対しては、「こっちにも柔道を学んでいる子どもたちがいるから守ってください」という風に、とにかく心が繋がるようなメッセージを出そうとしているんですね。 堀) この男性はどういうメッセージを投げかけているんですか? [caption id="attachment_3547" align="aligncenter" width="960"] 撮影:Idlid Coordination Council(エルカシュ・ナジーブさん提供)[/caption] ナジーブ) ここに書いてあるのは、「イドリブは武装勢力のものではなく、イドリブは現地の我々のものだ」と。要するに、武装勢力も存在していて、武装勢力にも抵抗しないといけない。外で空爆されてイドリブ県に入って来た武装勢力とも戦わなきゃいけないんですね。でもその結果、シリア人はすごく強くなった。市民社会もすごく強くなった。今、世界がシリア政権を許さなかったら、シリア政権が本当に崩壊してくれたら、「その後カオスになる」と心配されています。でも、私は市民社会を毎日見ているのですが、皆さんが衝撃を受けるくらい素晴らしい社会が生まれると思っています。 堀) 本当の民主的なアクションが、ここからどんどん成熟してきているということですね。 ナジーブ) 非常に成熟している。私も最初は空爆で涙が出ていましたが、今は市民社会が素晴らしい活動をしていることに、本当に強い立派なシリア人が生まれてきてくれたことに感動しています。

■一方、逮捕に死刑も 強権なアサド政権の実態

堀) ナジーブさんに指摘されて初めて気がついたのは、「シリア」というキーワードでいくと、難民か、武装した兵士か、政府か、大統領か、という議論になりがちですね。イドリブ県で日々暮らしている皆さんが今も平和的に民主化を求めてアクションしているということはなかなか伝わって来ません。 ナジーブ) 音楽をやっている人、演劇をやっている人、柔道をやっている人、ジャーナリストのワークショップをやっている人。すごく素晴らしいアクションがある。前のシリアよりも、社会がすごく活発的なんですよね。矛盾的なところなのですが、戦争だからこそ抑圧がない。生活の問題は非常に大変なんですけど、アサド政権のしっかりした抑圧、全て見張って全て抑圧する人がいないわけです。そうすると、空爆の中でも演劇をやっている人は今までシリアになかったようなとても素敵な演劇をしたり、柔道のあり方も変わったり。以前はスポーツ業界の中でも非常に汚かった。偉い人の息子がいつもチャンピオンでなきゃいけない。(現大統領の父である)前のアサド大統領の長男、次の大統領になるはずだったけど交通事故で亡くなった長男がいるのですが、イメージ作りのために、その長男は競馬でいつも勝たなきゃいけない。しかし、一度他の人が間違って彼に勝ってしまった。結果、その人は23年間刑務所に入ったんです。そういうレベルです。 堀) 非常に強権だということですね。しかも、そうしないと生きていけない社会があることですよね。 ナジーブ) そうですね。 [caption id="attachment_3551" align="aligncenter" width="960"] 撮影:Idlid Coordination Council(エルカシュ・ナジーブさん提供)[/caption] 堀) すごく基本的な質問なのですが、強権によって運営されている国というのは、様々な通信、FacebookやTwitterなどのSNS も監視下に置かれていて、なかなか外部と繋がることができないというような状況もありますよね。そのあたりはいかがでしょうか? ナジーブ) シリア人はそういうところ、すごく賢いですね。(監視を逃れて通信を行うことができる)Virtual Private Network(バーチャル プライベート ネットワーク)など、色んなテクノロジーを使っています。実は、シリアの民主化運動が始まった時、ITの青年たちが通信をサポートしようとする、「電池革命」が同時に始まりました。要するに、例えば、政権が支配してる中でも監視されずにFacebookを使う、見る、発信するということができるようにサポートしていた方々がいたということです。ここで、その青年の中の1人について話をしたいと思います。Bassel Khartabil (バセル・ハルタビル)という方がいます。この方はパソコンの天才で、国際的に知名度の高いプログラマーになりました。彼は監視を避けて活動できるようなプログラムを作っていましたが、政権に拘束され、5年後に彼が死刑されたということが発表されました。彼は拘束された時に世界中の人が、色んな国の人がシリア政権に「彼を釈放して下さい」とプレッシャーをかけました。マサチューセッツ工科大学・MITメディアラボにいる伊藤穰一さんもその1人です。伊藤さんが、Bassel Khartabilさんにに仕事を与えました。政権にプレッシャーかけるために、「MITラボに講師として来てください」と。(参照) 堀) 伊藤さんはそういう発信をしていたのですね。いつ頃ですか? ナジーブ) Bassel Khartabilさんが拘束されたのは2013年頃です。 堀) 5年ぐらい前ですか。全然知らなかったです。伊藤穰一さんは、マサチューセッツ工科大学のMITメディアラボで所長をされていて、日本にTwitterを持ってこられた方でもあります。まさか、シリア政府によって拘束された優秀な方をMITに引っ張って、それでプレッシャーをかけてということをやっていらっしゃったとは。 ナジーブ) そうですね。でもそれにも関わらず、Bassel Khartabilさんは結局死刑にされて。世界が声を上げているところを、シリア政権はあえて無視して死刑にしたんです。彼は結婚したばかりだったのですが、彼の家族に知らせが入ったのは死刑から2年半経った時。死刑したことも言わなかったんですよ。人権の基本中の基本も守られていないですよね。彼の奥さんは2年間、世界のいろんなところに行って、「自分の旦那さんどうなっているか」、「彼の釈放はどうなっているか」と希望を持って活動していました。しかし、お知らせが渡され、「2年半前に死刑した」と。本当に信じられないことが起きています。そういう政権がこれからのシリアを治めようとしているんですよ。 堀) 先日、日露首脳会談があって、プーチン大統領と安倍首相が会談しました。北方領土問題もありますから、「経済協力して前進させたい。2人で平和な安定を作りましょう」と。しかし、そのロシアは一方で、シリアのアサド政権を支援し、空爆も行っています。そういうことに、日本の首脳は一言でも二言でも、「シリアの問題をどうするのか」と尋ねて欲しかったなと思います。安倍首相は総裁選に勝ち、次の政権を担うことが確定しましたが、しっかりとした外交をやって欲しいという願いはありますか? ナジーブ) そうですね。ロシア空軍がどこかで空爆すると、交渉に入り、その地からロシアの兵士は出て、シリア軍が入りますよね。「その地域ではもう市民に干渉しない」という約束をロシアはするのですが、一度も守られていない。いろんな人を拘束して、治安が悪くなって。実は今日(2018年9月)のシリアのニュースによると、非武装地帯が設置され、「市民はイドリブ県から非武装地帯に逃げてもいいですよ」という宣言が出たそうです(関連記事)。しかし、1人も行かなかったと。それだけシリア政権を信用できない。「出たら安全ですよ」とずっと言われてきたのですが、出ると逮捕され、拘束される。シリアとロシアとイランの同盟国は、全然信用できないんですね。

■日本にいる私たちができることとは

堀) そういう中で、市民の皆さんが連帯して、自分たちの思いを世界中に発信しようと今奮闘して、メディアのトレーニングもして、市民記者を育ててということをやっていると。この発信は是非受け取りたいですね。こういう中で、一体私たちに何ができるのかということをすごく考えさせられます。 ナジーブ) そうですね。いつも聞かれます。逆に「私に何ができるか」と自分に問うんです。私は本当はもっと今のようなことを日常的にメディアに出さなきゃいけない。そこで、Facebookで「シリア文化の家」というページを始めました。なぜ始めたかというと、「シリアのために何をしたらいいか」と考えてる日本人が、その方の分野で、シリアの中にいるシリア人、あるいは難民として国外にいるシリア人と繋がってほしいからです。繋がるといろんな活動を一緒にできる。 堀) 今Twitterの「#ニュースX」でも、「シリアの民主化運動は今も活発に行われているのか。シリアで起こっているのはもう内戦だけかと思っていた。違っていたんですね」という声が。一方で、「シリアの柔道を着ている子どもたちの安全は守られているのでしょうか?学んだり遊んだりできているのか心配です」という声もあります。 ナジーブ) 学ぶことについては、この写真を見て欲しいです。シリア人は、悲劇の中でもユーモアがあり、皮肉を使うんです。これはアラビア語のメッセージなのですが、「シリアでは、学校に行くことはお遍路みたいなことです。できる人もいれば、できない人もたくさんいます」と、ちょっと皮肉っぽく訴えています。 [caption id="attachment_3543" align="aligncenter" width="960"] 撮影:Idlid Coordination Council(エルカシュ・ナジーブさん提供)[/caption] 堀) 機会が偏っているということですね。今日はナジーブさんのお話の中で、ぼんやりしていた「シリア」という国の中に、子どもたちがいて、市民がいて、平和的に民主運動を続けようという人たちがいるということが分かっていただけたと思います。日本からの発信がとても大切です。ナジーブさん、今日はどうもありがとうございました。 ナジーブ) ありがとうございました。

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