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(日本語) 香港映画人たちが弾圧と向き合い描く 「BlueIsland 憂鬱之島」支援者を募る

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2020
412日午前、間もなく完成の日を迎える、一本の映画の緊急記者会見が行われた。作品名は、「BlueIsland憂鬱之島」。香港と日本の合作ドキュメンタリー映画だ。

 前作「乱世備忘 僕らの雨傘運動」で、香港の未来の為しなやかに戦う若者たちの姿を描いたチャン・ジーウン監督、香港が内包する不安と希望を描いた衝撃作「10 年」のプロデューサーであるアンドリュー・チョイ氏、若き政治家の葛藤を描いた「地厚天高」を製作したピーター・ヤム氏が集い、今まさに産み落とされようとしているのが、本作、映画『BlueIsland 憂鬱之島』(仮)。


 香港では、1997年のイギリスからの返還以降、一国二制度が50年間保証されるはずであった。しかしながら、その高度な自治と自由は中国政府の方針によって徐々におびやかされつつある。民衆はそれに抵抗して、2014年の雨傘運動、2019年の逃亡犯条例改正案提出に対する大規模な反対運動を行ったものの、20207月に施行された香港国家安全維持法により、香港の人々の自由は加速度的に狭められてきている。

 日本の配給会社である太秦株式会社と、日本側のプロデューサーである馬奈木氏をはじめとした日本側スタッフと香港のスタッフたちが共同で鋭意制作中なのが、本作である。20211月からは、制作資金の一部と、世界で本作を公開するための資金を募るため、朝日新聞社運営のA-portでクラウドファンディングを実施している。緊急記者会見は香港と日本をつなぐオンライン形式で行われ、多くの報道陣が参加した。

小林氏)この会見を始める前に、皆様にお願いしたいことがございます。

まず、英語での発信、また、この動画を直接アップされることは、避けて頂きたいと存じます。また、動画をアップする場合は、事前にお知らせを頂けますと幸いです。それと、本日皆様にお詫びしなければならないことがあります。

本日、出席予定でした香港サイドの共同プロデューサーのアンドリュー・チョイは、現在、香港の外にいるため、また、会見に出席することで考えられるリスクを回避するため、同時に「BlueIsland憂鬱之島」の完成を外側から補完するために、参加を見合わせました。したがって、今日の会見は、香港におりますプロデューサーのピーター・ヤム氏と私、太秦の小林三四郎とで行いたいと考えております。

小林氏)はじめに、この作品「BlueIsland憂鬱之島」を、香港と日本で共同制作するにいたった経緯をご説明させて頂きます。2017年、チャン・ジーウン監督の前作「乱世備忘」が、山形国際ドキュメンタリー映画祭に出品されました。そこで小川紳介賞を受賞し、会場でその映画を見た私は大変感動いたしましたので、日本で配給をすることに決めました。そして、邦題は「乱世備忘 僕らの雨傘運動」というタイトルに決定いたしました。その雨傘運動という呼び方についてご説明させて頂きますと、これは革命であるとか、何かの勢力を転覆するとかではなく、若い人たちが声を上げた運動という風に私たちは受け止めております。

そして、2年後になりますが、やはり山形国際ドキュメンタリー映画祭において、プロデューサーのピーター・ヤムさんが単身乗り込んでこられまして、私たちにぜひ会いたいという申し出を下さいました。そこで初めて、私たちは「BlueIsland憂鬱之島」というドキュメンタリー、ドラマパートとドキュメンタリーを融合させたこの作品の支援を要請されました。雨傘運動を経て、この作品の制作をはじめた2017年。それから、香港の社会は私たちの想像を超えるスピードで大きく変化し、自由な世界がせばめられているという現実を、私たちは目の当たりにしました。色々なシネアスト(映像作家)の些細な言動で、その自由な活動を封じられるような動きが起こりつつあります。

そして、また、香港も日本と同様に、新型コロナウイルス流行の影響で、撮影の続行が非常に困難となり、当初、私たちが想定しておりました予想より、撮影費用が大幅にアップするという状況になってしまいました。そして、香港だけで資金を集めるということが非常に難しくなり、私たちは相談の上、日本でも資金を集めるべく、新たに11日から、朝日新聞のA-portでクラウドファンディングをスタートさせました。撮影は今のところ、無事に終了する見込みです。現在、編集作業を続けていますが、私たちが日本にいて何をすることができるのか、私たち太秦の社内メンバーや、日本側のプロデューサー馬奈木氏を含めて、ミーティングを重ねています。

そして、今の状況から考えると、この作品が現在の香港で上映されるというのはかなり困難であろうと予想します。私たちとしましては、ミニシアターを多く有する日本でこの作品を上映し、日本がこの作品の世界展開のハブの役目を担うようになってほしいと考えています。そして、アジアだけではなく、日本を起点として、世界へこの作品を広げ、香港の現状を世界の人々に届ける起点となってほしいと思っています。私たちも、香港にはいませんが、この日本で、制作者として、当事者となり、共にこの作品の完成を目指したいと考えております。私たちが考えているのことは、今申し上げた以上です。このあと、香港におりますピーター・ヤンプロデューサーよりお話をさせて頂きます。

ピーター氏)日本のメディアの皆さんこんにちは、わたしはピーター・ヤンと申します。この作品のプロデューサーです。この映画は、2018年から撮影を開始いたしました。当時は、いわゆるドキュメンタリー作品の政策をはじめていたのですが、その後2019年以降は、日本の小林三四郎様の多大なご協力の元、共同制作をすることになりました。この作品は、山形国際ドキュメンタリー映画祭に出品された「乱世備忘」よりも規模の大きい作品となりました。ドキュメンタリーの部分だけではなくって、いわゆるドラマの部分も含んでいるためです。そして、制作の費用に関しては、この映画に関して、私たちとしては6080年代の香港を再現することを目指したため、歴史的な映像の購入に多大な費用が掛かりました。

なぜ、このような大規模な映画を手がけようと思ったかというと、60年代以来、香港の人々がいかに、ずっと自由を求めて来たか、そのことを表現し、スクリーンの上で表現したいと思っていたからです。そういった点を最も表現したかったため、撮影だけではなく、小道具や衣装、そしてロケーションの部分などにこだわりをもち、きっちりと表現をしたいと思っていました。また、新型コロナウイルスの影響で撮影も中断されることがあり、撮影は予定より9か月伸びてしまいました。その部分でも費用が余計に掛かってしまいました。ご存じの通り、香港は人口も限られていますし、仮にこの映画が香港で公開されたとしても、興行収入の見込みは限られているでしょう。したがって、私たちは、配給に関して豊富な経験をお持ちの小林社長のもとで、この映画が日本と台湾でまず公開され、またひいては世界でも公開され広がっていくことを望んでいます。日本の皆さんは長年、香港の状況に関して関心を持ってくださっていました。当初、私たちは香港を島だととらえていませんでした。しかし、日本も台湾も大きな島国であり、そこに生きている人々は非常に誇り高く、常に自給自足を意識しています。自由のために立ち上がる意識を持っています。そこで今回、私たちは香港を島国に例えて、この映画を撮ってみようと思いました。

BlueIsland憂鬱之島」という映画の中には、香港だけでなく、日本や台湾の映像も登場します。なぜかと言えば、「島国」というコンセプトを理解するには、日本と台湾の独自性を紹介することが、香港を理解するのに非常に助けになるからです。わたしはこの場をかりまして日本の皆さんに呼びかけたいことがあります。「BlueIsland憂鬱之島」は、現在撮影後の編集作業などを行っている状況にあり、今、資金が非常に困難な状況に直面しています。ぜひ、応援してください。私の話は以上となります。

(今日は、チャン・ジーウン監督は欠席とさせて頂きました。)

小林氏)これから質疑応答に入りますが、なるべくセンテンスを短くお願いいたします。非常にナイーブな状況の中、答えられないこと、答えにくいこともございますが、予めご容赦ください。

それでは、ご質問をお持ちの方は挙手をお願いいたします。

記者)映像の内容についてもう少し教えてください。2018年から撮影を開始していたとおっしゃっていましたが、現在の香港の状況もかなり反映されているのでしょうか?

ピーター氏)いまのところ、この映画の中では、先ほど申し上げましたように、60年代、70年代の香港の自由を求める状況、そして2019年の香港の状況を融合した形で描いています。もう一つここでお話しできるのは、今、すでにお年を召した方々は60年代、70年代当時には青年でした。彼らは、今、若い人たちがやろうとしていることを彼らは理解できます。こういった方々の経歴を描くことによって、現在と何が共通し、何が異なるのか、その融合を描きたかったのです。そういったことを映画を通じて浮き彫りにさせたいと考えています。また、当時、自由を求める若者「だった」人々は、昔もっていた信念を、ずっと貫くことができたのか?そのことに非常に興味がありました。現在の若者たちに対してどのような見方をしているのか、どのように考えているのか、それを描きたかったんです。60年代、70年代、80年代当時、自由を求めた人々は、決して有名人ではなく、普通の庶民の人々でした。2019年も同じです。みんな、一般の庶民なんです。香港で普通に暮らしている、そんな普通の人たちが、自由を求めただけで刑務所にほおり込まれる。そんな現実を丁寧に描きたかったのです。こういった、すでに年を取った、当時自由を求めるために戦った人々の記憶は、すでにバラバラになってしまったものもありますが、こんにち自由のために戦っている若者たちにとっては、何らかの形で、現在闘っている若者たちの役に立ち、助けになるのではないかと思っています。今のところ、こういった構成を考えております。

記者)いつ公開の予定か、詳しくお伺いできますか?

小林氏)日本の方から答えますと、可能であれば山形国際ドキュメンタリー映画祭に出品、その後公開に運びたいと考えております。既に劇場はユーロスペースと決まっております。

山形国際ドキュメンタリー映画祭への出品はまだ未確定。)

世界展開についてはピーター氏から。

ピーター氏)ドキュメンタリー映画としては、今後、世界各国の映画祭で上映を出来たらいいなと考えています。まだ未完成の映画ではありますが、今週、70分のバージョンについて、フランスの映画祭で試写公開される見込みです。そちらをはじめとして、ヨーロッパでの展開を開始していけたらと思っております。また、同じく今月、オランダで試写上映の場を得ております。現地のテレビ局およびファンディングの皆さんによる試写です。今後、北アメリカ、ヨーロッパの各地映画祭にも参加していきたいと考えております。

記者)ピーターさんにお伺いしたいのですが、「些細なことをしただけで、刑務所に入れられるような状況」と先ほどお話の中でお伺いしましたが、香港国家安全維持法の施行から、香港の状況はどのように変わりましたか?

ピーター氏)非常にデリケートな問題ではありますが、この場でなかなか皆さんと状況を共有することは難しいと考えています。一言申し上げますと、我々クリエイターは自分たちの責務をきちんと果たして行きたいという事だけはお伝えさせてください。

このことは、私が日本の非常に著名な映画監督、小津安二郎監督の遺された言葉から学んだことです。彼は、「私たちは豆腐を作っています、私たちは豆腐を売っています」という言葉を遺しています。(おそらく原典は同氏の著書「僕はトウフ屋だからトウフしか作らない」より。)何を言いたいかというと、私たちはクリエイターであり、(今取材をしてくださっている)皆さんは新聞記者です。私たちは同じ。「とにかく自分の役割をきちんと果たして、いい仕事をするしかない」ということについては共通していますよね。

記者)相当な恐怖を感じていらっしゃるという事ですか?

ピーター氏)この質問の趣旨は、僕が香港にいて、何らかの形で脅かされていると感じているかどうかを知りたいという事ですか?

もちろん、香港国家安全維持法が施行されてから、私たちが特に留意しなければならないことはたくさんあります。ですが、重ねて申しますが、クリエイターとしての我々としていえることは、自分のやるべき仕事をきっちりやっていくという事だけです。今の時点では、まだ何らかの形で脅かされたり、恐怖を感じることはありません。しかし今後は分かりません。どのように状況が変わっていくかはわかりません。移民の問題に関しては、かつて60年代~80年代にも、自分の子供のために亡命したり移民となられた方もたくさんいましたが、それは彼らの子供の将来を考えてのケースが多かったのではないかと思います。

確かに、香港では毎日たくさんの方が逮捕されたり裁判にかけられたり、投獄されたりしていますが、そういった意味では他の香港の市民と皆さんと同じように、私も多少の恐怖を常に感じていることは事実です。また、新型コロナウイルスの流行の影響で、非常に高い失業率が問題となっています。多くの人が職業を失う状況に陥っており、「憂鬱」というのはその部分の状況も含めています。

記者)香港での上映は困難ではないか、というお話もありましたが、映画をつくったり、表現したりという事への圧力を感じたり、表現活動自体が危険に感じられるという状況でしょうか。制作についての日々で感じたことも含めて教えて頂ければと思います。

ピーター氏)まず2020年には、映画撮影においてロケーションが非常に確保しづらくなってしまいました。これは、新型コロナウイルスの流行の影響です。一方で、政治的な理由で映画撮影が難しくなったかというと、それはそのようには言えないと思います。

例えば、この映画を製作するにあたって、様々な方の協力を得るためにコンタクトを取らなければならなかったのですが、皆様非常に協力的でした。

記者)今回、香港のチームとして、お三方、制作、監督、プロデューサーのお名前を挙げてらっしゃると思いますが、このお三方が集まるには何か理由があったのでしょうか?

ピーター氏)まず、チャン・ジーウン監督についてですが、彼の前作である「乱世備忘」のプロデューサーは私が勤めました。もう一人のプロデューサーのアンドリュー・チョイ氏は、わたしがカナダに留学した時の同級生でした。彼が手がけた「十年」(2017年公開)という作品を皆さんご存じかと思います。この作品で彼は非常に有名になりました。このような流れで3人が集まってきたんです。そして前述の通り、アンドリューは「十年」という作品を手がけたことにより非常に大きな経験を得て、彼が本作に参加してくれることが我々にとって非常に大きなプラスになると、お互いに考えたからです。

小林氏)本作は、とてもナイーブな状況の中、日本と香港で共同制作という形をとっています。そのような形を取った理由は、香港では「公」の部分が非常に狭められているからです。香港国家安全維持法の施行された状況の中、私たちが気をつけているのは、日本で私たちと共同制作をするということにおいて、香港の仲間たちが困難な局面に陥るのを絶対に避けたいという事です。彼らの安全を担保しながら、必ず本作を完成させたいと考えております。ピーターさん、最後にみなさんにメッセージをお願いいたします。

ピーター氏)まず、この場を借りまして、長年サポートをしてくださっている太秦株式会社の小林社長へ、改めて御礼を申し上げさせてください。我々も、日本の皆さんが置かれている状況はよく理解をしているつもりです。日本の皆さんは、今香港で起きていること、今の香港の情勢、映画製作に関して、非常に興味、関心を持ってくださっています。この状況の中、とにかく我々は、クリエイターとして使命をはたし、今日この日のあらゆる状況を記録していくことが重要な意味をもっている、と考えています。香港のすばらしいところは、色んな所から色んな人がやってきて、たくさんのものが混ざり合って、楽しくごちゃごちゃしているところにあるんです。引き続き、香港が国際都市であり続けることを切に願っています。そして現在、私たちが経験していることは、なにも特別なことではないと私は思っているんです。今まで、歴史上見ても、あらゆる国、あらゆる場所で、あらゆる時代に、あらゆる人々がいまの私たちと同じような経験をしてきたんです。多くの映画でも、そのような場面を見ることができますし、例えば東欧でかつて起きたこともそうです。そのような中でもクリエイターの皆さんは、一生懸命声を上げているんです。ここは全く同じことだと思っています。とにかく、我々としては、何も変わることなく、これからも映画を撮り続けていこうと考えています。

わたしは、今年48歳で、自分の事を年寄りだなと感じていますが、年をとればとるほど、若者がいかに社会にとって大切か、本当に宝であると感じるようになっています。と同時に、若者たちに、国際都市としての素晴らしい香港を残してあげたいと考えています。この映画は、私たちとしては昔の香港と今の香港を、映像を通して結びつけることによって、観客の皆さんに、実は香港が今まで経験してきたものが全く同じものだったということ、香港がこのままの香港であり続けてほしいということ、こういったことを映像の中に取り入れていきたい、というのがこの映画を製作するにあたっての初心です。この初心を忘れずに、引き続きこういった映画を作り続けていきたいと考えています。日本の皆さんもぜひこの映画を見て頂き、私たちを応援して下されば幸いです。皆様、ありがとうございました。

朝日新聞社運営サイト、A-portによる本作のクラウドファンディングは現在も継続中で、202155日まで。現在達成率は43%、目標金額の10,000,000円にはまだ到達していない。

 本作が産声を上げ、日本から世界へ香港の人々の声を届けるため、日本に居ながらにして支援をすることができるプロジェクト。ぜひ一人でも多くの方に関心を持ってほしい。


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