ダイバーシティ貧困

路上生活の身体から生まれる表現 ホームレスのダンスグループ、10周年公演で多様な生き方を発信

「ホームレスが踊る?」。初めて聞いた時は、驚きがありました。2007年、私はテレビCMや舞台で活躍するダンサー・振付師のアオキ裕キさんが、ホームレスの「おじさん」と一緒にダンス公演をすると聞いて取材しました。ダンスを見ると、いろいろな人生経験を持つ体や表情から、強い生命力が伝わってきました。今年、10周年を記念してツアーを始めると知り、再びアオキさんたちに会いに行きました。


■ストレッチでじっくり体ほぐす・メンバーの創作を振付に

6月の日曜日。東京・新宿区内の公共施設であった練習にお邪魔しました。夜6時から9時までの3時間で、この日はメンバー6人が参加。アオキ裕キさん(48)の声かけで、ストレッチを1時間以上。運動不足になっている人もいるので、じっくりと体をほぐします。さらにいすを使っての体操や軽い筋トレをしたり、輪になって歩いたり、動いていきます。

なかのかおり撮影

それから音楽に合わせ、発表する作品を通して踊ってみました。ソロやアオキさんとのからみ、全員の出番と見せ場が続きます。お互いの踊りは、真剣に見合っていました。

ダンスのジャンルはと言えば、コンテンポラリー。自由に表現する創作ダンスで、振付は力強いです。音楽に乗っていてスピード感があり、「おじさん」というよりは、まさにダンサー。体を自在に使い、表情も豊かに30分、踊り続けました。そのほかアーティストと共演する作品の練習もあり、かなりの運動量です。

作品の作り方を聞くと、独特です。アオキさんが、一人ひとりに「この人の体がどんな風に動くか見てみたい」とイメージした言葉を渡します。例えば、Wさんには「強い丸まり 弱い丸まり 斜めにひらける 走る光 さす光 小さいけもの」。本人が動いて、踊って見せて、おもしろいものを取り入れ、みんなと動いてみたり、繰り返しの振付にしたり。その上で、全体のテーマを決めてストーリーを作るそうです。

グループ名は「新人H ソケリッサ!」。Hは、ヒューマン、ホームレス、ホープ。ソケリッサは「さあ行け」という意味を込めた造語です。


■順調なダンサー人生、9.11で再考・「原始的な生活」のおじさんに興味、スカウト

アオキさんは、なぜホームレスのメンバーと踊り続けているのでしょうか。

18歳のころ、マイケル・ジャクソンに憧れてダンスの道へ。20代は仕事に恵まれ、タレントのバックダンサーやプロモーションビデオの振付で活躍。順調に生活できるようになりました。その後、ダンスの本場であるアメリカに渡った時、9.11の同時多発テロに遭遇。「事件を目の当たりにして、表面的なことに価値を置いた生き方にショックを受けました。自分の存在は何だろうと考え始めました」

Adam Isfendiyar撮影

もやもやしていた2005年ごろ。新宿でミュージシャンの路上ライブに目を止めると、隣で寝ているホームレスの男性がいました。全く周りを気にしない様子にひきつけられました。「挫折を味わった人が、鍛えられた体で表現する踊りを見てみたい」。アオキさんは、原始的な生活に近いおじさんたちの生き方や感覚に興味がありました。「太陽が昇ったら起きる、おなかがすいたら食べ物を探す、暗くなったら心細く感じるという感覚が、現代ではなくなってしまっているから」

「ダンスをしませんか」とおじさんに声をかけても、断られてしまいます。そこで、「ビッグイシュー」(ホームレスが雑誌を販売、売り上げの一部が収入になる仕組みで自立を支援する会社。イギリス発祥)のスタッフに声をかけ、協力してもらいました。雑誌を販売する現場に通って話をしたり、アオキさんが踊って見せたりしました。


■アートとして評価、五輪のリオにも・支援団体が活動サポート

1年かけてスカウトを続け、やってみたいというメンバーが6人集まり、練習を重ねました。2007年、初公演を成功させ、年に1回は新しい作品に取り組みます。最初は貧困問題を知ってもらうイベントへの参加が多かったそうです。数年たつと、十和田や金沢、山形の美術館やダンスフェスに、アート作品として呼ばれるように。社会的な問題というよりも、ダンスが好きで見に来るファンが増えました。

なかのかおり撮影

3年前、運営母体「アオキカク」は社団法人になりました。NPO法人「ビッグイシュー基金」からサポートを受け、週に1~2回、都内の公共施設を借りて練習。基金から場所代やご飯代を提供してもらっています。電話を持たない人が多いので、練習の時に予定を書いて渡したり、ビッグイシューの事務所に掲示したりして伝えます。

昨年は、オリンピック・パラリンピックが開かれたブラジル・リオに招かれ、アオキさんとメンバー2人が踊りました。オーストラリアやアメリカなど各国から、ホームレスとアートを組み合わせて活動する団体が集まり、パフォーマンスを見せたりワークショップをしたり。「歌や芝居をホームレスと稽古して、発表する団体が多かったです。取り組みの結果、自信がついて就労につながると聞きました。東京五輪の時も、集まりたいです」

これまで40人以上が関わってきましたが、途中で連絡がつかなくなった人も少なくありません。初回のメンバーのうち今も続けているのは1人。時々、炊き出しや公園で踊って見せて、メンバーをスカウトします。今年、参加しているメンバーは、40代から69歳まで8人。路上生活の経験者や生活保護を受けている人、ビッグイシューの販売員です。

「健康のため」「思い切り体を使って死にたい」など、メンバーの動機は様々。最初は、ホームレスのダンス公演に賛否両論がありました。アオキさんは「ダンスを練習し、お客さんに見てもらう。その結果、自尊心が持てて目の輝きが強くなる。生きる力が出てくることが大事」と考えています。

「目を背ける人も多いけれど、そうなった背景を聞くと、それぞれに事情がある。誰しも、ホームレスになる可能性がないわけではありません」。厚生労働省の調査によると、ホームレスは全国におよそ6200人(2016年)で前年より減っています。「見かける機会は減ったかもしれませんが…。公園で炊き出しがあると200人ぐらい来ますし、少なくなったという実感はないですね」


■病気で失職、家庭不和・ダンスで健康とやりがい

「一緒に踊ったらわかる。どんな人生かはこちらからは聞きません」というアオキさん。私は練習に伺った際、メンバーに差し支えない範囲でこれまでのことを聞きました。

なかのかおり撮影

50代のヨコウチさんは、2009年に加入。専門学校を卒業後、しばらくは接客の仕事をしていましたが、10年ぐらい前、メニエール病になり働きにくくなりました。

「大阪のシェルターに入ったり、住み込みの新聞配達で働いたり。どうにもできなくなり、自立支援のための寮に入りたいと申請しましたが空きがなくて。ビッグイシューの事務所に行ったときに、ソケリッサを知りました。初めは参加するつもりはありませんでした。アオキさんが芸能界で仕事しているプロのダンサーと聞き、当時好きだったバンドに会えるかと思って参加しました」

その後、寮には入れましたが、仕事が見つからず出なければならなくなり、NPOに相談して生活保護を受けました。今はアパートを借りてパートの仕事をしています。

ソケリッサの練習に初めて参加したとき、アオキさんに出されたお題は「赤鬼の舌 大やけど」。大声を出して動いたところ、ほめられて嬉しかったそうです。2010年、お客さんの前で初めて、踊りました。

「踊りになったかはわかりませんが、関西人のノリの良さが生かせて楽しい。公演では照明や音響などスタッフの働きがわかりますし、お客さんの反応を見てやりがいを感じます」とヨコウチさん。「ネガティブな反応は感じません。お客さんは温かく、よかったよと声をかけてくれます」

ヨコウチさんは「ソケリッサは人生の糧でよりどころ」といいます。大事な役割があったのに、本番を前に来なくなってしまう人もいました。「フェードアウトするのも、その人の人生だから」。去る者追わずのスタンスで、メンバー同志が親しく付き合うわけではありませんが、練習は張り合いになります。ストレスも減り、メニエール病は落ち着いているそうです。

最年長のコイソさんは69歳。2012年から参加しています。ビッグイシューの販売員をやっていたとき、仲間から「ソケリッサの練習はストレッチもあるし、体にいい」と聞いて知りました。販売員は合わせて8年ぐらい務め、路上生活の経験は10年以上あるそうです。

以前は宅配便の仕事をしていました。家庭の不和で家を出たのがきっかけで、仕事もお金もない状態に。今は路上生活をしながら、連絡が来ると、日雇いで公園や道路の清掃をします。1日当たり、1,000円ぐらいの予算で暮らしています。

「年と共に膝を痛めたり、体力がなくなったりで疲れるときもあります」というコイソさん。ところが、練習で見せてもらった踊りの迫力にびっくり。体をのびのびと動かし、目線も決まっていました。「やることがあるのはいい。何もなかったらぼけちゃうから」


■スタッフを公募し屋外ツアー・助成、投げ銭、クラウドファンディング

10周年の今年、アオキさんは東京近郊の公園や路上をめぐるツアー「日々荒野」を計画しました。屋外での公演は許可を取るのが大変。それでも、間近で見てもらい、多様な生き方に触れてほしいそうです。そして、初めて制作スタッフを公募しました。劇場や福祉、教育など各分野から10人が集まり、顔を合わせて話をしています。

ツアーは2018年9月まで、15か所で予定。初日、6月24日の公演は午後6時から東京・千代田区のテラススクエアで。観覧料金は「投げ銭方式」で、お客さんが決めた金額を入れてもらいます。

Adam Isfendiyar撮影

こうした活動を続けるために、費用の面は課題といいます。これまではアオキさんが中心に、ビッグイシューの協力で運営してきました。昨年は「コニカミノルタソーシャルデザインアワード」でグランプリを受賞、賞金をもらって助かったそうです。数年前からは、公演ごとに、メンバーにギャラを渡しています。

「フェスなどの共催だと15万円ぐらいの費用ですが、屋外で照明や音響を確保してメンバーにギャラを払うと、1回の公演で40万円ぐらい必要。お客さんの投げ銭は、会場によってはできないので課題です。練習を積み重ねているメンバーの努力は大変なもの。ダンスを通して、働いて生活費を生み出す流れができれば」

この企画は、アーツカウンシル東京「東京芸術文化創造発信助成」の対象になりました。さらに、7月6日までクラウドファンディングを呼びかけています。

公演は映像にまとめ、世界に発信していくそうです。

一般社団法人アオキカク

一般社団法人アオキカク

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路上生活の身体から生まれる表現 ホームレスのダンスグループ、10周年公演で多様な生き方を発信を応援しよう


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