先月29日から30日かけ日本各地を襲った台風24号。2週間以上が経過し、関連の報道もすっかり少なくなりました。
そうした中、鹿児島県の離島、徳之島では甚大な被害の実態が徐々に明らかになってきました。
徳之島は鹿児島県の南南西492キロ、奄美群島のほぼ中央に位置しています。鹿児島空港からはおよそ1時間。天城町、伊仙町、徳之島町の3つの町があり、人口はあわせて2万2千人あまりの島です。
透明感のある海と温暖な気候。巨岩が連なる雄大な景色に加え、国の天然記念物「アマミノクロウサギ」をはじめとした貴重な動植物の生息でも知られています。日本有数の楽園。正月や大型連休中には「闘牛」が開かれ、夏には国内外から参加者が集うトライアスロンの大会があります。
その徳之島がいま深刻な台風被害に直面しています。
今月はじめ、徳之島出身のミュージシャン、禎一馬さんから「はじめまして」で始まる丁寧なメールを頂きました。
ご実家はマンゴー農家。台風でハウスが全壊し廃業を決めたといいます。島に関する報道がほとんどされていないことに危機感を抱き「発信してもらえませんか?」と私に連絡をくれました。
離島でどの程度被害が出ているのか私も知りませんでした。直ちに航空券を手配し、一昨日(2018年10月14日)、徳之島を訪ねました。
動画でのルポを、ぜひご覧ください。
■農業や建物被害は10億円規模という役場の見立ても
東京から飛行機を乗り継ぎ約4時間。徳之島子宝空港に到着すると、禎さんのご両親、和豊(かずとよ)さんと圭子(けいこ)さんが出迎えてくれました。
車で島内を案内して下さるといいます。
最初に訪ねたのは、禎さんのご自宅とマンゴーハウスのある天城町です。車窓から眺める街並みに一見深刻な被害は見受けられません。
「だいぶ落ち着いてきましたか?」
運転する和豊さんに尋ねると、道路の両脇に続くさとうきび畑を指差しながらこう教えてくれました。
「本当は青々としているんですけどね。台風で倒れてしまって茶色くなっています。駄目にはならないんですが、さとうきびは若返ると糖度が落ちるんです。そうすると市場での値が下がる。今年はこれで1割くらい下がってしまうという話も出ています」
さとうきびは徳之島の基幹作物です。島内の全圃場で倒伏や葉の裂傷などが確認され、潮被害にも見舞われました。幸い翌週の台風25号による雨で洗い流され塩害が軽減したと話す農家の方もいます。しかし、被害の全容把握はまだこれからです。
港ではいくつもの船が陸に打ち上げられ傾いている様子も見られました。ブルーシートに覆われた民家の屋根が時々視界に飛び込んでいます。
天城町役場の米村巌総務課長によると、最も打撃を受けたのはさとうきびを初めとした一次産業。そして次に建物。町内では少なくとも890戸の住宅に全半壊や一部損壊の被害が出ました。5世帯はいまも町内の施設で避難生活を送っています。停電は10日以上続き、先週末にようやく電話が通じるようになったという地域もあります。一部ではケーブルテレビが断線の影響で映りません。また、隣の伊仙町では天城町をさらに上回る被害が集中。島全体で協力していく必要があるとも語っています。
米村さんは「過去30年で最も大きな被害」と今回の台風を振り返り、「災害ごみの撤去費用や住宅再建支援など町の予算だけでは賄いきれないことも想定して国への支援を働きかけていきたい」と語ります。ふるさと納税の仕組みを使った寄付への呼びかけも続けています。
■マンゴーハウスが全壊、そして廃業を決めた
禎さんご夫婦は、マンゴーハウスを訪ねる前に「昼ごはんを食べましょう」とご自宅で料理を振舞って下さいました。
食卓に並んだのは、豚の煮物や鯵の南蛮漬け、ピーナツをすりつぶし汁物にした「ゴウ汁」など圭子さん手作りの島の味の数々。透明感のあるパパイヤの漬物は和豊さんが自分でつけたものだといいます。コクのあるピーナツの甘みと旨みがご飯や豚の煮物を優しく包み込んでくれます。「この鯵も美味しいですね!」と感嘆の声をあげると、「スーパーで釣ってきたんですよ」と桂子さんが冗談で返し、部屋の中は笑いで包まれました。
食事が済んだ頃、和豊さんがスマートフォンを取り出し、写真を見せてくれました。倒壊したマンゴーハウスです。躯体が風によってへしゃげてしまい倒れています。
ちょうどマンゴーの営農を始めて3年だったといいます。ハウスを直接見るため、現場に向かいました。
和豊さんの生業はもともと牛乳の配達でした。
ところがコンビニの進出や島民の高齢化によって段々と客の数が少なくなり3年前に廃業、一念発起してマンゴー栽培を始めました。夫婦でゼロから畑を耕し、木々を植え、最近になってようやくノウハウも身につき美味しいマンゴーが実るようになったといいます。甘くて大粒のマンゴーです。息子でミュージシャンの一馬さんは、東京や大阪でライブがあるたびに実家のマンゴーを紹介し家族全員であらたな生業を軌道にのせようと奮闘して来ました。来年の収穫に向けた剪定などが終わり、さぁこれからという時に、今回の台風だったといいます。
「どうにもなりませんね。この状況では」
和豊さんはハウスを見つめながら唇を噛み締めます。目の前には綺麗に管理されたマンゴーの木が青々とした葉を茂らせていました。再建には多額の費用がかかるため、和豊さんは廃業を選択しました。
しばらく口を真一文字に結んで言葉を選んでいた和豊さんは、私を見て笑顔を浮かべ、こう語ってくれました。
「こうなったからには仕方がない。台風にも強いたくましいさとうきびをしっかりやりますよ。じゃがいもも、あと生姜もやって欲しいという声があるから。頑張ります」
■トタンも瓦も足りない 物資が届かない、離島特有の悩み
和豊さんに運転してもらい、その後も島のあちらこちらを訪ねて回りました。
屋根が吹き飛んでしまった牛舎を自力で再建している方、潮風に晒された家の壁や屋根にペンキを塗り直して修復を続ける住民の方。ネットを使って全国に情報を発信しようと奮闘を続ける役場の方様々です。トタンや瓦といった物資の調達に苦労しています。離島特有の悩みです。
天城町の隣町、伊仙町では住宅や農業への被害で分かっているだけで10億円規模の被害になると町ではみています。
美しい海を眺めながら時に笑い、時に唄い、島の人たちは声を掛け合い、自分たちの手で復旧を急いでいます。
現在、徳之島を始め、鹿児島県内のその他の離島や各自治体ではふるさとチョイスなどを利用し、寄付を募っています。
ぜひ、知ってほしい。そして、力を貸してほしい、そう思います。