https://youtu.be/aa7Iq9erKFY
「やっぱり、空気と綺麗な水があることですね。帰ってくると、顔を洗っていても美味しい柔らかい水が出てきますからね。」
地元の好きなところを尋ねるとすぐにこう教えてくれたのは、岐阜県下呂市出身で、「株式会社龍の瞳」東京営業所所長の熊崎陽一さん。今、熊崎さんは地元の皆さんと協力して、下呂市の新しい特産品づくりに挑戦しています。
「障害を抱える人やお年寄り、若い人まで、みんなが一緒に手を取り合って田植えを行い、育てて刈り入れたお米から日本酒を造る」。日本列島活性化プロジェクトで地方創生を目指す「一般社団法人おらがまち」が、東京農業大学農学部・川嶋舟准教授が月刊「たる」で連載中の「お酒と福祉の醸す日々」の中で提唱している「農業と福祉の連携」についての構想を具現化しようと始めたプロジェクトです(クラウドファンディングにて支援を募集中:https://bit.ly/2sILDEU)。
使用するお米は、下呂市から生まれたブランド米「龍の瞳」。日本酒を手がけるのは、享保5年に創業し300年近く下呂市で作り酒屋を営む「奥飛騨酒造」。そして、稲作の手伝いや日本酒のラベル張りで参加するのは、下呂市の障害者就労支援事業所「ひだまりの家」の利用者の皆さんです。
「株式会社龍の瞳」の社長・今井隆さんの下呂市内の田んぼで偶然発見された背の高い二株が、水稲品種「いのちの壱」として誕生。「龍の瞳」は、その中でも最高級のお米です。コシヒカリの1.5倍もある粒で、ふっくらもちもちで噛みごたえもあり、香りもいいのが特徴です。
東京都内で「龍の瞳」の営業を担当している熊崎さんは、「下呂で発見されたお米で、しかも今回使用するのは下呂で作られた『龍の瞳』。それを地元の酒蔵で作ってもらえるのは、本当に嬉しいことですね。地域の輪となっていく事が楽しい。龍の瞳はこれまでもお酒を作ってきたのですが、それは下呂の酒造会社ではありませんでした。完全に下呂市内で全て完結していくというのは、今回初の試みです。『自分のところのものを作っているんだ』という意識で皆さんと一緒に取り組んでいけたらなと思っています」と話します。
■地元で採れたブランド米 地元の酒蔵で新たな地酒に
川嶋舟准教授や「ひだまりの家」の利用者、「株式会社龍の瞳」の社員の皆さんが協力して収穫した「龍の瞳」は、現在「奥飛騨酒造」に運ばれ、仕込みの真っ最中。「一麹(いちこうじ)、二酛(にもと)、三造り(さんつくり)」と言われる日本酒の製造工程の中の、「一麹=麹作り」が終了。現在は「二酛=酒母造り」の工程に移り、「酒母」を仕込み酵母を培養しています(2019年1月18日時点)。
「奥飛騨酒造」の杜氏・後藤克伸さんは、「麹が出来上がったのを見ますと、麹菌がしっかり中に食い込んでいました。食べると甘みが出るのが良い麹なのですが、しっかり甘みが出ていたので出来は良かったと思います。元気な酵母を増やして、これをタンクに移し、本仕込みが始まります。(完成は)タンクに移ってから25日〜1ヶ月くらいかかるので、2月の後半ですね。ちょっと甘めで酸が高くてほのかに香りがするお酒になる予定です。優しい香りが出れば良いなと思います。」と、新しい地酒の様子を教えてくれました。
「龍の瞳」は、酒造り用に作られた酒米ではなく、食用米。創業から約300年の歴史がある酒蔵とはいえ、食用米からお酒を作るのは新たな挑戦となります。
「挑戦するのはおもしろい。やりがいはありますよね。今まで作ったことのないタイプのお酒になる予定なので、非常に楽しみにしています。色々考えて、それが形となって、みんなが飲んで『美味しい』と言っていただけるのが一番。それを楽しみに作っています。岐阜県のもので、というのはすごく大切だと思います。特に地酒になりますと。せっかくこういうチャンスをもらったので、良い酒になればと思います。」と後藤さん。
現在「奥飛騨酒造」で営業や蔵の手伝いを行い、将来はこの歴史ある酒蔵を受け継いでいく立場にある髙木梨佐さんも、このプロジェクトによる地元の活性化に期待を示しています。
「普段私たちの中だけで完結してしまっている仕事を、外の方達と協力してやっていけるのはいい事だなと思いました。私たちが関わっている事で、地域の活性化をしていける。下呂市全体で、みんなで盛り上げていけるのはいいですね。企業一つだけで大きくなっていくのは難しいので、町の人たちみんなで大きくなっていければいいなと思います。」
■障害者が地域で暮らしていくために 「地域に出ていく一つの機会に」
「何か特徴的なものにしたい」という思いで、完成したお酒のラベルには絵を載せる予定です。その絵を担当するのは、「ひだまりの家」利用者ののぶこさん。絵を描くのが大好きなのぶこさんは、その豊かな感性から、鮮やかな色使いのエネルギッシュな絵を描きます。
「ひだまりの家」管理者兼サービス管理責任者の熊崎晶子さんは、「(ラベルになるかもしれないということで、)ここを利用してくださっている利用者さんの才能や力を伸ばせることに繋げられるということがとても嬉しいです。自信とか今後の働く意欲とか、いろんなことに繋がっていくといいなと思います」と話します。
熊崎晶子さんは、このプロジェクトを通して「ひだまりの家」の利用者の皆さんと地域との接点を増やしていけたらと期待しています。
「なかなか利用者の皆さんが地域の方と何かをするという機会が少ないですし、地域に利用者の皆さんが出ていくことで、皆さんのことを理解していただく場にもなる。ゆくゆくは地域の方達にお世話になりながら生活をしていく方がたくさんいるというのが現状です。ご家族とずっとこの先も生活できるかというとそうではないので、地域の方とか、家族以外の誰かの力を借りて生活していくことも大事になってくる。やはり、利用者の皆さんのことを理解していただくとか、皆さんにも地域の方々のことを理解してもらうとか、お互いに理解を深めていくということはすごく大切。突然会う人よりも、日頃から顔見知りで知っている人の方が、皆さんにとっても安心感はすごく大きいと思うので。そういう意味で地域とどんどん繋がっていくことは大切かなと思います」。
■特産品で地元の新たな「アイデンティティ」を
昭和35年には48,314人いた下呂市の人口も、平成30年4月時点で32,892人まで減少しています。
「自分の郷土ですからね。帰ってきて、少し寂れているようなことがあると寂しい。人口減少に対する率直な危機感ということはないですが、人口減少を如実に感じることはたくさんあります。中学校の統合だということで、隣町の中学校が廃校になって、バスで隣の中学校に通う子どもたちも。どんどん子どもが減る一方、高齢者の数はこれから上がってくるばかりですから。地域を支える人の数が減ってくるというのは課題ですね」と、熊崎陽一さん。
下呂温泉を有する下呂市でも、「少子高齢化」や「人口減少」、「地場産業の衰退」など、多くの地方自治体が抱えるこれらの課題を、例に漏れず抱えています。こうした状況の中での新たな特産品づくりは、地元にとって大きな意味を持つと熊崎さんは話します。
「やっぱり、アイデンティティですね。それは都会にいればいるほど思いますね。都内のお店で『龍の瞳』を売っていて、『岐阜のお米?僕の出身は高山なんだよ」「下呂なんだよ」と言って買ってくださる方がいる。地域の特産物というのは、地元にいるとなかなか分からないことが多いですが、地元を離れて外にいる人たちがまた故郷を振り返る上でも大切だと思います。『地元におもしろいものがある』というのを地元の人に分かってもらえる機会になればいいなと思います」。
特産品で地元の新たな「アイデンティティ」の創造を目指す熊崎さんの夢は膨らむばかり。
「この地域は、昔は養蚕でご飯を食べていたというくらい養蚕が盛んな地域でした。昭和30年代くらいまでは養蚕をやっている家庭が多かったような地域です。まだまだ僕も知らない時代のことですが、腕に覚えのある方はまだ何人もいらっしゃると思います。養蚕を復活して、例えば、お年寄りたちが自分たちの活動の中でやっていく。『ひだまりの家』の方たちも、養蚕を紡ぐ作業は特徴を生かしながらやっていただける作業もしれません。また、蚕の食べる桑の木を使って和紙を作ることができるそうなので、それを使って和紙が得られる。そしたら、今度は和紙をお酒のラベルに使っていくことができればおもしろいのではないかと思っています。そういうことも夢に描きながらできればいいと思いますね」。
下呂の自然の恵みと地元の人々の思いや力の結集で生まれる今回の地酒。どのようなお酒になるのか。どう発展していくのか。これからの下呂市に目が離せません。クラウドファンディングでの支援の募集は2019年1月30日まで。